ฅ灰猫の日記ฅ

どうも、灰猫です。日々過ごしていて思ったあれこれを書いています。

主人公になりたい脇役の僕たちは

どうも、灰猫です。

 

 

よく

 

『誰もが人生の主役』

 

だとか、

 

『自分の人生の主人公は自分』

 

とか言いますよね。

 


あ、別にバカにしようって話ではなくて。

 

ただ、いい言葉だとは思うし、意味は理解できるんですけど、

 

なかなかそういう生き方は出来ないなぁと考えてしまうんです。

 

素直に胸にストンと落ちてこないと言うか。

 

みなさんの中にも、しっくりこないなってい方いませんか?

 

 

 

ふと気づいたんですが、この言葉がはまらない原因は、

 

今までずっと脇役気質だったからだと思うんです。

 

 

子供のころから、かろうじて得意なことは出来たものの要領が良かったわけではなく、

 

苦手なことは頑張っても結果が伴わない事が多かった。

 

頑張らなくても出来る得意なことに対して、頑張っても出来ない苦手なこと。

 

このことから「頑張っても結果に比例しない」という考えが定着してしまった。

 

次第に努力を諦めるようになった為、成功体験が少なく

 

一度でも苦手意識を持ってしまったことには自信がなくなる 。

 

そんなだから自分で自分を見限ってしまうほど自己評価が低いんです。

 

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例えば学生時代。

 

「勉強はやったところで出来ない」と苦手科目は放置して赤点とって補習を受けたり。

 

部活も楽しかったけど、頑張っても優勝は出来ないだろうから

 

「だらだら楽しくやってればもうそれでいいや」くらいの気持ちで、

 

打ち込めてはいませんでした。

 

 

 

おかげで今でも生き方が脇役のまま。

 

出来なくて当たり前で、負け癖がついているので頑張らないし、

 

駄目な自分に満足してしまっているのです。

 


仕事は日々だらだらと、最低限をこなしているだけで向上心がない。 

 

恋人はいないし、気になる人ができても、

 

はたから見てていいなぁってときめいてるだけで満足してしまう。

 

夢はあるけど心の底から叶うとは信じちゃいなくて、

 

恋と同じで、憧れてるくらいでいいとどこかで思っている。

 

目標を達成できなくても、脇役の自分からしたら 「これだけできれば十分だろう」と

 

満足してしまい、あらゆることの上達を諦めている。

 

 

毎日なんとなく生きて、休日はやるせなく家でごろごろして、

 

夜はつまらないまま今日が終わるのが嫌で

 

「面白いことないかなー」と思いながら夜中までスマホを弄り、

 

翌日すこし寝不足で起きて、またつまらない一日を過ごす。

 

 

 

まとめてみると我ながら見事な脇役っぷり。

 

でも本当に、僕の人生、どこかに僕以外の主役がいるんじゃないかと

 

思えてくるんです。

 

誰かの人生の引き立て役にしかなってないんじゃないかと。

 

 

 

正直、この先もこんな生き方が続くのは嫌です。

 

本音を言えば今の自分が嫌いです。

 

目標に届きそうで届かないからこそ悔しくなるもので、

 

最初から届かせる気がないから悔しくもない。

 

悔しさも感じない人生はむなしいだけです。

 

自分にも誰かにも必要とされるような、主人公の人生を送りたい。

 

こんな自分から変われればいいのにといつも考えます。

 

 

 

『誰もが人生の主役』

 

『自分の人生の主人公は自分』

 

言葉は考えるきっかけにはなりましたが、

 

結局、変えていくのは僕自身しかいないんです。

 

背中を押されても、進むには自分で動かないといけません。

 

言葉ひとつで入れ替わるほど心は単純ではないし、

 

今までの人生で染み付いてきた脇役気質をどうにかするには

 

時間も労力もかかりそうですけど。

 

それでも脇役をやめるには、

 

今日から、今から、少しずでも変えていくしかないんです。

 

  

ただ座り込んで「あんな人生うらやましいなぁ」と見上げていた場所に行くには、

 

登って行くしかない。

 

階段は待っていても平らにはなりません。

 

周りの人が2段飛ばし、3段飛ばしで駆け上がれるような階段を、

 

少しずつでも登るしかないんです。

  

1段ずつ踏ん張って、1段登るごとに達成感を得ながら、

 

自信をつけていくしかない。

 

 

いつか主人公になるために。